高原 育代
| ■ 子どもからシニアまで幅広い年代層に向けた「お金の生涯学習」のサポート ~主婦・子育て中の母親としての生活者視点を大切にした、わかりやすい情報発信を京都から! |
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| ■ ファイナンシャルプランナーになったきっかけ | |
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<小学校時代> 1~3年生の間は神戸で、4~6年生は西宮の2つの小学校で、それぞれ楽しく過ごしました。 ただし、2年生の時に、父がはじめての「脳梗塞」で入院。 実は、これが後に私が「FP」への"序章"となりました...。 <中学・高校時代> 地味ながら、1887年創立という伝統ある神戸の女子校で6年間を過ごしました。 実は...このサイトの主宰者である福一由紀さんとは同級生だったことが、この同じFP業を続けていた中で判明! なんとも"不思議なご縁"での再会を経て、2009年、このマネーラボ関西のメンバーに加えていただきました。 今後ともお互いに刺激しあえる良い関係を築けていけたらと思っています。 <大学生時代> 教職に就くことをめざして大学の教育学部に進学した私。 教えるスキルを磨きたいという思いから、自分が通っていた大手進学塾の講師アルバイトを始めました。 その塾が会社組織であったので、お給料は「給与」として支払われていました。 そのため、大学生のうちに所得税の確定申告を経験し、税金に対する関心が高まったことは、私が「FP」になったきっかけのひとつになりました。 その一方で、4回生の秋。 父がついに「脳出血」で半身不随の要介護状態に...。 母を中心とした介護生活を助けるため、卒業後も、時間の自由がきく塾の講師をつづける道を選択しました。 父の介護を通してのさまざまな経験は、やはり「FP」への志につながることとなりました。 <結婚・出産...そして今> 結婚後、毎年のようにアチコチへ引っ越す生活が続く中で、1男1女を出産。 "引越貧乏"の家計やりくりで、家計簿にもいろいろな工夫を試みながら、家計管理に対する物足りなさも実感していました。 もうひとつ、疑問を感じていたのが保険のこと。 父は若いときに病気をしていたため、入院保障の給付が受けられるような医療保険には加入していませんでした。 そのため、母も私も病気に対する不安から、保険に関心を持つようになりました。 「知り合いの保険代理店で」とか「たまたま訪問に来た保険屋さんのトークに乗って」という形で、私もいくつかの保険に加入。 でも、「本当にコレでいいのだろうか...。もっときちんと自分にあった保険の選び方ができないのだろうか...。」という思いを持っていたのです。 そんな状況の中、子育てをしながらできるスキルアップはないだろうか...というときに出会ったのが「ファイナンシャルプランナー」の資格でした。 当時住んでいたのは、京都府の北の端・丹後半島にいて、長女はまだ2歳。 ビデオテープ(懐かしい!)の通信講座に申し込み、資格取得をめざしました。 資格取得後は、日本FP協会のHP見たさにネット(またまた懐かしいダイヤルアップ接続!)をつなぎ、パソコンに親しむようになりました。 自分でやるからには「独立系」と決めていた私は、資格をとった1999年当時は、まだめずらしかった東京の独立系のFP会社と提携し、ネットでのコラムやメルマガの執筆から活動を始めたのでした。 その後は、自分の子育ての中で、日々大切さを実感している「金銭教育・金融教育」にも取り組みを広げる一方で、シニア層に対する福祉への関心からNPO法人の活動にも参加しています。 また、京都府金融広報委員会の金融広報アドバイザーとして、中立・公平な立場から、身近な金融経済に関する各地域・グループ・学校・PTA等の勉強会の講師としても活動中です。 |
| ■ メッセージ | |
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「暮らしに関するお金」の話。 知っていればトクをする、知らないとソンをすることが多い身近なことなのに、実際にはなかなかむずかしくてわかりにくいのも事実です。 しかも、日々激しく移り変わる今の時代。 暮らしのお金の問題もどんどん変化していきます。 子どもからシニアまで、誰もが「自分の暮らしとお金」に関心を持つことによって、それぞれが「自分と家族の生活設計」ができるようになること。 ファイナンシャルプランナーの一人として、主婦・母親の生活者の視点から、そのお手伝いができたらと思っています。 |
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